珈琲ミルク

 キリンジの「グッデイ・グッバイ」のミュージックビデオを見ていたら、喫茶店でサンドイッチが食べたくなった。舞台は東京練馬区にあるという喫茶店「プアハウス」。キリンジの二人がそこでサンドイッチを待っていると、失恋したばかりの男の子が入店する。渋いマスターがてきぱきとハムやチーズ、トマトにサニーレタスなんかを挟んでいく。そうして出来上がったサンドイッチを、鋭い目をした女性が二人の元に運ぶ。口に運ぶ二人。踊りだすマスターと女性。「グッデイ・グッバイ」を口ずさむ男の子。ラストは、晴れた青空の下で二人がギターを弾き、歌う。村上春樹の小説に出てきそうなお洒落な世界観で、いいなあと思った。「プアハウス」は実際に存在するらしくて、カレーが有名なのだそうだ。

 僕にとっての喫茶店は、ドトールだ。チェーン店だけど、僕の住む町には一店しかない。あなたの住む町にはどのくらいあるのだろうか。高校生のときにもよく行ったし、商店街の方へ出かけるときにはだいたい寄っている。細くて狭い入り口。高い確率で若い女性が「いらっしゃいませ」と言う。ミラノサンドA(生ハムが挟んであっておいしい)とアイスコーヒーを頼む。代金を払い、隣へ移動してそれを待つ。店員さんがハムを挟んだりナイフで切ったりしているのを眺めるのは楽しい。「ミラノサンドのAをご注文の方、お待たせいたしましたぁ」、僕はそれを持って二階へ上がる。隅っこの方に腰を下ろして、まずはウェットティッシュで手を拭く。それからぱくぱくと食べたり、コーヒーを飲む。

 ドトールによるのかもしれないけれど、僕が昔行っていたドトールは勉強ができた。二階の窓側の席で、受験生らしき人が静かに学習しているのを何回も見かけたことがある。僕と友達も「勉強しよう」とそこへ行くのだけど、どうも話の方が盛り上がって全然身にならなかった記憶がある。けれど喫茶店で本を読むのは楽しく、村上春樹の『雑文集』やカズオ・イシグロの『日の名残り』をぺらぺら捲りながら、コーヒーをごくりと飲んでいた(どちらも読了していないけど)。

 街を歩くのは好きだけど、疲れたときに落ち着ける場所はやっぱり喫茶店ぐらいだと思う。でも、コーヒーを飲み終わったらもう出ないといけないように感じる。外国人講師として大学に来ている女性が言っていたけど、昔の喫茶店はずっといれる場所だったようだ。いつまでもだべって、もう一杯おかわりなんかして、日が暮れる頃に帰る。そんな場所であって欲しいなあと、わがままに思う。