たべたいものを作るのよ

 あらかじめ買うものを決めてスーパーに行ったことがあまりない。だいたいが行き当たりばったりで、スーパーをあちこち巡りながら頭の中で献立を考える。少しばかり空いてきたお腹に耳をすまし、何が食べたいか、その声を集めていく。昨夜は中華料理にしたし、脂っこいのもやめておこう、じゃあ久しぶりに炊き込みご飯を作ろうかな、それからほうれん草を買ってお浸しにでも。パズルのピースを一つずつ嵌めていくように、机の上に並べる料理を決める。

 一人暮らしを始めてから、ほとんど自炊を欠かしたことがないけれど、それはなぜなんだろうとずっと考えていた。ちょっとした義務になっていたからかな、とか、暇だからかな、とかいろいろ浮かんだけど、やっぱり「好きだから」というところに行き着いた。自分のために、自分が食べたいものを作っている時間が恋しいのだ。僕が住んでいるマンションはコンロが一つしかないからいろいろ面倒だけど、食材が自分の手によっておいしーい料理に変わるのはいい気持ちで、そのあいだ台所では演奏会が開かれる(と、今思いついた)。包丁が野菜を切るリズム、鍋が奏でるメロディ。

 料理を作るって、プラモデルを組み立てるのと似ている。箱を開けて、ニッパーでパーツを一つ一つ切り取って、それらを合わせたりくっつけたりして完成を目指す。それが不器用でみっともないのに仕上がっても、自分が作りたかったものを一人で作ったということだけでちょっと誇らしい。

 毎日毎日、自分に対して小さなご褒美を用意する。もちろんそれには、食べ終わったら皿を洗ったりそれらを布巾で拭いたりと、いろんな面倒ごとが含まれていて労力が必要なんだけど。...でも悲しい日には、スポンジでふわふわ皿を洗うことで、心にべっとりとついた油汚れがそっとほどけていく感じがする。そして澄んだ胸の窓からきれいな朝日が差し込んでくるような。

 うん、自分の中の食欲と睡眠欲ぐらい、自分で満たしていたいものだ。まあ食材を一から全部育てるのは難しいけれど、僕が買って、調理して、料理して食べる。そして誰にも睡眠を邪魔されたくないし、削られたくない。性欲に関してはよく分からんし、誰かに乱暴にベッドへ押し倒されるのも時には悪くないかもしれぬ。だけどあの二つの欲求だけは。一日三食という規則(どこのだれが決めたのか)に従って、おいしいものをお腹の迷宮へ。明日は何を食べようか。