好き

 人の本棚を見るのがどうしても好きだ。この間、とある事情で大学の先生の研究室にお邪魔したときも、壁にずらっと並ぶ沢山の本をつい見てしまった。なんというか、突然宝箱の中身を目の前で広げられたみたいな感じがある。そして僕は子供の目でそれらを一つ一つ点検するのだ。その先生の本棚で印象的だったのは、宮崎駿著『折り返し点』が二冊あったことで、そんなにいい本なのかしらと思った。

 月刊『暮しの手帖』の「あの人の本棚より」という連載には、いろんな人の本棚の写真と各々の愛読書に関するインタビューが載っている。僕は毎月この雑誌を心待ちにしていて、本棚のコーナーもお楽しみ要員の一人だ。例えば、いくつも並ぶ本の題名に知らないものが多くあれば、その人と僕はかなり遠い価値観にあるのだと感じるし、逆に非常に似通った趣向の本棚なら、その中の本、今までなんとなく読まずにいた本に興味が惹かれたりする。

 人と話してると、ときどきというか大体というか、それぞれの好みの話になる。「どんな趣味あるの」とか「どんな音楽聴いてるの」とか。僕はよく、この手の質問で困る。一つ一つ挙げていくのはちょっと強引な感じがしてしまうし、かと言って大雑把に「何でも」と答えられるほど詳しくもない。そういうときに人の本棚を眺めると、面倒くさく言葉で説明する必要がない。「この本好きです!」と言えばいい。「この作家って面白いですか?」でもいい。物質(マテリアル)の価値が相対的に低くなりつつあるこの頃だけど、本はきっと僕やあなたを写し出す。そしてあるときふと自分の本棚を見直せば、「僕ってこんな奴なんだ」、「自分は人からこう思われたいんだ」なんてことを考えられる。

 好きなことを語るのは楽しい。頭の中の花園を解放する感じで。たまーにはこうやってスピッツとか今敏監督とかイギリスとかチーズケーキとか、つまり僕の好きなものを一つずつ摘んで丁寧に写生してみたい。鼻で嗅いだり、指でふさふさしたりしながら。