三日月

 ‘‘want’’という英単語の元々の意味は「欠けている」だったらしい。そして、「欠けているから欲しくなる」という流れから、「欲しい」という意味が生まれ、そちらが今も定着している。うん、足りないものは欲しくなるのだ。睡眠も、食事も、休養も。そして、満ち満ちている赤の他人を見ると、なお一層その欲望は高まる。それが自分と同じ年齢で、友人関係であれば...。

 今日の授業で、武者小路実篤の『友情』について学んだ。大まかに言ってしまえば男女の三角関係のお話。野島は友人仲田の妹、杉子に一目惚れするが、杉子は野島の親友である大宮のことを好きになる。大宮は運動神経も豊かで、紡ぐ作品も世間に評価されている。野島が杉子に惚れていると知っている大宮は、心の片隅で彼女のことを想う。そして彼は突然ヨーロッパへ行くと言い出す。野島は恋敵が居なくなったことへの安心と、切なさを感じる。大宮が日本を発って一年後、野島は杉子に結婚の申し込みをするが、断られる。悲しみに暮れる彼のもとに、パリにいる大宮から手紙が届く。そこには「自分は君に謝らなければならない」という言葉と、某同人誌に書いた小説を読んでくれというメッセージがあった。その小説の内容は、大宮が杉子へ抱いていた恋心と野島との友情に苦悩する心情を吐露するものだった。野島はさらに悲しみ、打ちひしがれるが、大宮に「仕事の上で決闘しよう」と手紙を書き、力強く成長することを決意する。

 僕はずいぶん、野島というキャラクターに同情した。杉子に尊敬されたいと思いながら、自分の満たされない自尊心を埋めてほしいと願う。文武両道で容姿も端麗な大宮に対して嫉妬する心。風邪を引いて淋しくなって母の元に帰りたくなるシーン。自分には何もないのにも関わらず「ある」と誰かに言ってほしい虚しさ。そして大宮が好きな人と結ばれてしまって、悲しみの底に突き落とされてしまう。僕がもし野島だったとしたら、そこでずっと生きていると思うけれど、彼はそこから浮かび上がって前に進むと決める。自分には何もないと感じ取ってしまうと、虚構の何かを作り出してしまうときがある。野島もきっとそんな人間だった。その「虚構の何か」を誰かに認められようとして、無駄に汗を流す。野島の強さは、そこから抜け出して本当の何かへと歩みだせたことじゃないかな。

 三日月が美しいのは、これから満月へと変化していくからだと思う。どんどんと満ちていく過程にある美しさ。野島を見ているとそんなことを想う。僕もそんな風に進化していけるのだろうか。偽物の光に騙されないように...。