曇り空の心地

 『おもひでぽろぽろ』は、1991年、スタジオジブリ高畑勲監督によって製作されたアニメーション映画だ。僕はこれが好きで、どれくらい好きかというと、『千と千尋の神隠し』より好きな作品だ。作品の構成としては主人公のタエ子の「現在」と「小学5年生の頃の思い出」の二つの流れが主軸になっている。27歳のタエ子は、勤務先で休暇を取る。山形へ向かう寝台特急あけぼの3号の中で、彼女は小学5年生の頃の記憶を思い出す。田舎に憧れていた自分...。そして山形に着き、滞在先の家(タエ子の姉の夫の親類の家にお世話になることになっていた)の息子であるトシオと出会い、その地域の人々と交流する中でも、やはり小学5年生の頃の記憶がよみがえる。そしてタエ子は、山形での暮らしや、トシオに惹かれ始める。

 自分が小学5年生のときは、なんにも考えていなかった。『はだしのゲン』とか読んでた記憶ぐらいしかない。ただぼんやり過ごしていたような気がする。でもどうなんだろう、女の子はもういろいろなことを考え始める年ごろなのかな。少なくとも男子よりは大人びているように思う。

 僕が興味深かったのは、「曇りの日」と「分数の割り算」だ。野球少年の広田くんはタエ子のことが好きで、下校中に「雨の日と、曇りの日と、晴れと、どれが一番好き?」と質問する。タエ子が「曇り...」と答えると、「やった、同じだ!」と嬉しそうに言って去ってゆく。曇り空の日にはこのシーンを思い出して、なぜ彼らが晴れじゃなく曇りが好きなんだろうとぼんやり考える。次に「分数の割り算」だけど、僕らはただ単に「ひっくり返してかければいい」と覚えて、淡々と答えを求められる。でもその理論はあんまりよくわかってない。本質をわからないままやり方だけ覚えておざなりにしていることってあるような気がする。

 僕は「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」が好きで、繰り返しよく聞いている。その中で明かされたエピソードで、とてもお気に入りがあるので書いておきたい。『おもひでぽろぽろ』の特徴的なシーンに、タエ子が現地の人たちと紅花を摘み、その紅を染めたり、加工したりするところがある。高畑監督はこのためにひたすら勉強し、大学ノートを作る。そして、鈴木プロデューサーに「この文献にある作り方よりも、僕が考えたこのやり方のほうが正しいのではないか」ということを確かめたいから山形へ行きたいと言う。そんな時間はなかったので、鈴木さんはスタッフに紅花を作っている方の元へ行かせ、確かめてもらう。その方は高畑監督の大学ノートを読み、これは実に正しい作り方だと驚く。このような緻密さや強いこだわりが、素晴らしい映画を作る糧になっていたのだと思う。次回作が、ほんとうに見たかった。惜しくて仕方ないです。